【短編小説】私からの投稿
画面の明かりだけが、暗い部屋を照らしていた。時計は午前2時を指している。私は無意識のうちにまたSNSのタイムラインを更新していた。上から下へ、下から上へ。親指の動きが止まらない。
「今日も暇だったなー。」
そう呟きながら、日課のように自撮り写真を投稿する。フィルターをかけて、ちょっとだけ可愛く加工して。いつもの習慣だ。
「いいね」の通知が数個付く。いつものフォロワーたち。でも、その中に見慣れないアカウントが混ざっていた。プロフィール画像は真っ黒。ユーザー名は「@em._.me」。フォロワー数0、フォロー数1。
「変なアカウントにフォローされたな」
気になって、そのプロフィールを開いてみる。投稿は1件もない。ただ、アカウントの説明文に「あなたをずっと見ています」とだけ書かれていた。
典型的なボットか、スパムアカウントだろう。そう思って無視することにした。
翌朝、いつものようにSNSをチェックしていると、違和感を覚えた。タイムラインに流れてきた一枚の写真。私が昨夜投稿した自撮り写真とほぼ同じアングル、同じ構図で撮られている。ただし、投稿者は「@em._.me」。
「ちょっと待って…」
昨夜の自分の投稿と見比べてみる。確かによく似ているけれど、細部が少し違う。私の投稿では右手でスマホを持っているのに、この写真では左手。私が着ていた部屋着は白だったのに、この写真では黒。まるで鏡に映ったような、でも鏡像ではない写真。
コメント欄には早くもフォロワーたちの書き込みが。
「似てるね!」
「双子かな?」
「加工アプリ?」
しかし、投稿時間を見て背筋が凍った。この投稿は私が写真を撮る3時間前の時間帯に投稿されているのだ。
「おかしいでしょ…」
慌ててその投稿に「これ、私の写真に似てませんか?」とコメントを残す。しかし返信はない。代わりに、新しい通知が届いた。
「@em._.meがあなたの投稿を保存しました」
気味が悪くなって、即座にブロックしようとプロフィールページを開く。しかし、そのアカウントはすでに存在しないという表示が出た。投稿も、先ほどまであった写真も、すべて消えている。
スクリーンショットも撮っていなかった。証拠は何も残っていない。でも、確かに見た。あの不気味な写真を、私は確かに見たのだ。
それから数日間、私はSNSの使用を控えめにしていた。不気味な出来事は単なる偶然か、悪質なイタズラだったのかもしれない。そう自分に言い聞かせていた。
しかし、一週間後。私は再び「@em._.me」の存在を目にすることになる。
友達と行く予定のカフェで、待ち合わせ前に自撮りを投稿しようとした瞬間、タイムラインに見覚えのある投稿が流れてきた。場所は同じカフェ。同じ席。同じアングルの自撮り写真。ただし、投稿者は例のアカウント。投稿時刻は、なんと2時間後の時間帯になっていた。
「これは…未来の私?」
写真をよく見ると、私が今着ている服とは違う服を着ていた。しかも、テーブルの上には私が注文しようと思っていたパフェが置かれている。
震える手で友達にメッセージを送った。
「ごめん、体調悪くて…今日キャンセルさせて」
家に帰ると、すぐにアカウントを確認する。案の定、投稿は消えていた。だが今度は証拠を残していた。スクリーンショットだ。
その夜、寝る前に保存した写真を見返してみた。そこで気づいた。写真の中の私の後ろに、黒い影のようなものが写り込んでいる。よく見ると、それは人型の影。まるで私の背後に誰かが立っているかのように。
しかし、元の投稿では気づかなかったはずのその影。スクリーンショットを撮ったときには確実になかった。それなのに、今確認すると、はっきりと写り込んでいる。
スマートフォンを落としそうになった。画面に映る私の表情が、少しずつ、目の前で歪んでいく。
不眠が続いた。SNSを開くたびに、あの黒い影が見えるような気がする。投稿を削除しても、アカウントを非公開にしても、「@em._.me」からは逃れられない。
ある日、思い切ってネットの掲示板に相談を投稿してみた。すると、予想外の返信が。
「それ、デジタルドッペルゲンガーじゃない?」
「SNSの中の『もう一人の自分』って、都市伝説知ってる?」
返信を読み進めるうちに、背筋が寒くなった。複数の人が似たような経験をしているというのだ。そして、その多くが同じような結末を迎えていた。
現実の自分とSNS上の自分が、少しずつ”入れ替わっていく“。
確かに最近、周りの反応がおかしい。友達が「昨日会ったよね?」と言うが、まったく覚えがない。私の投稿に「楽しそうだった」とコメントがつくが、その場所に行った記憶すらない。
恐る恐るスマートフォンのフォトギャラリーを開く。そこには知らない間に撮られた写真が大量に保存されていた。どれも私が写っているはずなのに、どこか違う。表情が、目つきが、私のものではない。
そして決定的な証拠を見つけた。最新の写真には、私の後ろに写り込んでいた黒い影が、はっきりとした人型になっている。よく見ると、その姿は…私自身だった。
しかも、その影の私は、カメラを覗き込んでいる私の方を見て、笑っているように見える。
画面に映る私と、現実の私。どちらが本物なのか、もう分からなくなってきた。
夜中、突然スマートフォンの通知音が鳴る。「@em._.me」からの新しい投稿だ。動画が添付されている。再生ボタンに触れる指が震えた。
動画には、スマートフォンを持って画面を見つめる私の姿が映っていた。まさに今の状況と同じ。でも、それは部屋の反対側から撮影されている。背後から誰かに撮られているような映像。
慌てて振り返る。そこには誰もいない。だが、動画の中の私は、ゆっくりと後ろを振り返り、カメラに向かって笑いかける。その表情は私のものでありながら、どこか歪んでいる。
スマートフォンを投げ出そうとした瞬間、画面が暗転する。そして再び明るくなった画面に映っているのは、今の私の姿。まるでスマートフォンが鏡になったかのように。
だが、私が右手を上げると、画面の中の私は左手を上げる。私が後ずさりすると、画面の中の私は前に進んでくる。そして、画面の中の私が囁く。
「これまでありがとう。もう交代の時間だよ」
画面に手が伸びてくる。冷たい感触が指先から伝わってくる。現実と画面の境界が溶けていく。
気がつくと、私は画面の中にいた。そして画面の向こう側には、もう一人の私がスマートフォンを持って立っている。にっこりと笑顔を向けながら、投稿ボタンを押す。
「じゃあね、偽物さん」
その出来事から一週間が経った。SNSアカウントは、相変わらず日々更新されている。フォロワーたちは何も気づいていないようだ。
ただ、時々、投稿された写真の中に、画面越しにこちらを見つめる悲しげな表情の女の子が写り込んでいることがある。でも、それはすぐに消えてしまう。まるで、画面の向こう側に閉じ込められた誰かのように。
あなたのスマートフォンの中にも、もう一人のあなたは潜んでいないだろうか?
今、画面に映るあなたの姿は、本当にあなた自身だろうか?
気をつけて。SNSを開くとき、その画面の向こうで、誰かがあなたを待っているかもしれない。
そして、その誰かは、あなた自身なのかもしれない。