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【短編小説】夜の高速道路

夜の高速道路
blackbox

雨粒がフロントガラスを叩く音が、車内の静寂をより際立たせていた。水嶋凪はワイパーを作動させながら、エアコンの温度を少し上げた。デジタル時計は23時15分を指している。

「お母さん、もう寝てるかな…」

携帯電話の画面をちらりと見る。実家からの着信はない。それはいいことなのか、悪いことなのか。

東名高速の路面は雨に濡れ、ヘッドライトに照らされて鈍く光っていた。現場で撮影した写真データが入ったデジタルカメラが、助手席のバッグの中で揺れている。本来なら現場近くのビジネスホテルに泊まるはずだった。

「まあ、明日は通常出社だし…」

自分に言い聞かせるように呟く。上司は「無理しないで」と言ってくれた。
けれど凪には、どうしても今夜のうちに帰りたい理由があった。一人暮らしを始めて半年。実家を離れる時、母親は笑顔で送り出してくれた。その母親が珍しく弱音を吐いたのだ。「熱が下がらなくて…」という言葉に、どこか不安を感じずにはいられなかった。

カーナビの表示では、この先十キロほど続く工事区間に入るところだった。凪は無意識のうちにアクセルを踏み込んでいた。車速計が120キロを指す。一刻も早く家に着きたい気持ちが、スピードメーターを押し上げていく。雨は次第に強さを増し、視界は悪くなってきていた。それでも凪はアクセルを緩めることなく、実家へと急いでいた。

ルームミラーに目をやると、後方に一台の車のヘッドライトが見えた。深夜の高速道路とはいえ、他の車が走っているのは当然のことだ。特に気にすることでもない。

その時、携帯電話の画面が点滅を始めた。メールだろうか。確認したい気持ちを押し殺し、凪は前方に集中する。仕事用のデータが入ったUSBメモリが、バッグの外ポケットから覗いているのが目に入った。

後方の車のヘッドライトが、わずかに接近してきたように見える。運転に集中しようとした瞬間、カーラジオがノイズを立て始めた。

「うるさっ…」

イライラした様子でボリュームを下げようとして、凪は息を呑んだ。ノイズの中から、かすかに人の声が聞こえてきたのだ。

「…安全運転を…静岡県内の高速道路で…一年前の事故…」

断片的な言葉が、雑音の中から浮かび上がる。そして、後方のヘッドライトがまた少し近づいてきた。今度ははっきりとわかった。普通ではない光だ。黄ばんで、どこか濁ったような色合い。そして片方が、わずかに大きい。

工事区間を示す三角コーンが、オレンジ色の帯となって視界の端を流れていく。携帯電話の画面が、また点滅した。今度は通知音も、いつもと違う。低く、歪んだような音色。画面には「圏外」の表示が点滅している。


工事区間の光がヘッドライトに反射し、不規則な明暗を作り出していた。凪はゆっくりとブレーキに触れ、規制速度まで落とした。両側に立ち並ぶ三角コーンが、車線を狭めていく。

その時、後方の車が一気に接近してきた。

ルームミラーに映るヘッドライトが、車内を不気味に照らしている。最初は普通の白色光だと思った。しかし、よく見ると確実に黄ばんでいる。まるで古い車のヘッドライトのような色味だ。制限速度を守っているはずなのに、後続車との距離が縮まっていく。

凪は携帯電話を手に取った。電波は完全に圏外。なのに、画面には未読メールの通知が点滅している。差出人表示には「不明」の文字が浮かび上がっていた。

「おかしい…」

その時、カーラジオが再び雑音を立て始めた。今度は、より鮮明な声が混じっている。

「…昨年11月19日深夜、東名高速道路上り線で発生した多重事故では…大型トラックが…」

ラジオの声が、より明確になっていく。凪の記憶が、少しずつ呼び起こされる。確かニュースで見た。このあたりで起きた大きな事故。疲労運転の大型トラックが暴走して…。

突然、携帯電話が振動を始めた。画面を見ると「圏外」の表示のまま、着信が入っている。ディスプレイは暗く歪んで見える。

凪は思わず通話ボタンに触れた。車載スピーカーから、轟音のような雑音が響いた。その中から、かすかに人の声が聞こえてきた。

「すまない…止まれなかった…気付くのが…遅すぎた…」

低い、疲れ切ったような男性の声。そして背後からは、大型車のエンジン音が轟いている。慌てて通話を切ると、スピーカーからの雑音も消えた。心臓が早鐃っている。冷や汗が背中を伝う。

工事区間の照明が断続的に視界を照らす中、凪は再びルームミラーを確認した。後方の車はさらに接近していた。雨粒の向こうに、大きな車体の輪郭が浮かび上がる。ヘッドライトの色が変わっていく。黄ばんだ光が、今や赤錆びたような色を帯びていた。

「これは…」

凪は深くブレーキを踏み、車線変更を試みた。しかし後続車は、まるで凪の車と一体化したかのように動きを合わせてくる。距離は縮まる一方だ。規制区間の狭い車線が、逃げ場を奪っていく。

カーラジオがまた声を発した。今度は、まるで目の前で話しているかのような鮮明さで。

「前方、工事車両に…注意…このままでは…」

ルームミラーには、大型トラックの全容が映っていた。フロントグリルは錆び付き、フロントガラスには蜘蛛の巣状のヒビが走っている。そして運転席には…。

携帯電話が再び振動した。画面は真っ黒なのに、時刻だけが白く浮かび上がる。

23時47分。

それは1年前の事故が起きた、まさにその時刻だった。


バックミラーに映る運転席には、誰もいなかった。

しかし、ステアリングは確かに動いていた。見えない手によって、大きく右に切られている。トラックが凪の車を追い越そうとしているのだ。錆びついた車体が、すぐ横まで迫ってきた。

凪は咄嗟にハンドルを右に切った。工事区間の三角コーンが、逃げ場を完全に塞いでいる。雨は強さを増し、ワイパーが悲鳴を上げている。視界が悪化していく。

その時、ルームミラーに異変が映った。

トラックの運転席に、おぼろげな人影が浮かび上がる。作業着のような薄い上着を着た中年の男性。疲れ切った表情で、前方を見つめている。その姿は徐々にはっきりとしてきた。

カーナビの表示が狂い始めた。現在位置を示す矢印が、画面上を不規則に動き回る。そしてカーラジオから、また声が漏れ出した。

「この先、カーブ区間が…工事の…注意して…」

かすれた無線連絡のような声。一年前、事故当夜の管制室からの警告だった。しかし、極度の疲労に襲われていたドライバーの耳には、それが届いていなかったのだ。

23時48分。ハイビームが凪の車を直撃した。眩しさに目を細める。その光は、まるで業火のように赤く染まっていた。連続するカーブの入り口が見えてきた。この先、工事車両が並ぶ区間が始まる。

フロントガラスの雨滴に、不思議な光景が映り込んだ。昨年のこの日、この時間。疲労と眠気に襲われたドライバーが、カーブに差し掛かる。道路は雨に濡れ、工事規制で車線は狭まっていた。そして彼は、決定的な何かを見落としていた。

23時49分。カーラジオが再び声を発した。今度は、まるで隣で囁くような近さで。

「前方から工事車両が…減速を…」

凪の目に、オレンジ色の警告灯が飛び込んでくる。カーブの先、工事車両が連なっていた。一年前、極度の疲労に襲われたドライバーは、この警告灯を見落としたのだ。

凪はゆっくりとブレーキを踏んだ。速度を落とし、カーブに備える。ルームミラーには、トラックの姿が薄れていく。運転席の人影が、深くお辞儀をするように頭を下げた。

「ありがとう…気をつけて…無理は…」

声が遠ざかっていく。カーラジオのノイズも、徐々に減少していった。雨は優しく車を洗い流している。時計は23時50分を指していた。


フロントガラスの向こう、サービスエリアの照明が静かに光を落としている。コンビニで買った缶コーヒーを飲み終え、バッグから仕事用のUSBメモリを取り出す。明日の提出資料は後回しにしよう。今は、しっかりと休息を取るべきだ。

今夜見た光景は、単なる疲労の所為ではないはずだ。誰かが、大切な何かを伝えようとしていた。道路を走るすべての人が、安全に目的地へ辿り着けるように。

カーラジオがかすかにノイズを立てた。しかしそれは、もう凪を怖がらせなかった。

「安全運転で」

声に出しながら、凪は車を発進させた。バックミラーには、サービスエリアの灯りが遠ざかっていく。その光は、どこか優しく背中を押しているように感じられた。夜の高速道路に、静かに車の灯りが溶けていった。

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